今回のキーワードは「経験学習モデル」です。
人は実際の経験を通し、それを省察することでより深く学べるという学習法を、人材育成の領域では「経験学習」と呼びます。
経験学習モデルは、この経験学習をモデル化したもので、日本企業の研修などでもよく取り入れられる学習フレームワークで、1度はやったことがあるという方も多いのではないでしょうか。
この経験学習モデルについて、簡単ではありますが説明していきたいと思います。
目次
経験学習モデルとは
よく「経験学習モデル」と言いますが、正しくは「コルブの経験学習モデル」で、アメリカの組織行動学者デービッド・コルブ氏が提唱した、経験を活かした学習モデルのことを指します。
コルブは、一般的な学習モデルが、既に体系化・汎用化された知識を”受動的”に習い覚える「知識付与型」の学習やトレーニングであるのに対し、「経験学習モデル」は、学習者が自らの「経験」から「学び(気づき)」を獲得していくという「プロセス」を体系化した学習モデルとしています。
「コルブの経験学習モデル」では、4つのサイクルを使って、経験を単なる経験に終わらすことなく、自身の学びへと昇華させ、次のアクションへと繋げ、自身で概念化するところまでを定義しています。
以下の4つのサイクルを回すことによって、学習の深化をはかります。
Step1: 経験(Concrete Experience)
Step2: 省察(Reflective Observation)
Step3: 概念化(Abstract Conceptualization)
Step4: 実践(Active Experimentation)
まずは、各サイクルの意味を1つづつ見ていきましょう。
1.経験
「経験」のステップは、「Concrete Experienc(具体的経験)」が原文通りです。
学習者である社員の方が、業務や活動の中で具体的な経験をする段階です。 問題などにぶつかると、都度自分で考え、自分で対処し、結果を受け入れます。するとその中で自分で「気づく」ことが多くなるはずです。
その経験した内容を、どんな経験をしたのか、具体的に何を体験したのかを書き出して整理するのが大切なポイントです。 些細なことでもしっかり記録し、次の省察や概念化のヒントになるようにします。
2.省察
「省察」は、「Reflective observation(省察的観察)」が原文通りです。
経験をしたら、多様な観点から自身の行動を「振り返り」、その内容について「質問」しながら、原因を見つけます。振り返るときに、いつもと同じ視点、価値観で考えては、新しい「気づき」は生まれません。いつもは気にしないような多様な観点で振り返ってみることがポイントです。
具体的には、経験した内容を振り返り、良かったこと・悪かったこと、その時々に感じたこと、狙いとのギャップなどについて書き出して整理していきます。そして書き出した内容に対して、何故なのか?とその背景にある原因や理由を探っていきます。
3.概念化
「概念化」ステップは他にも、「持論化」とか「セオリー化」とか訳されますが、原文では「Abstract Conceptualization(抽象概念化)」と書かれています。
前のステップの「省察」で得られた成功・失敗の分析を、自分や自分以外でも、また他の似た状況でも応用できるように、持論化(マイセオリー化)します。良かったポイントや改善が必要な項目を一度抽象化し、その上で他の場面でも、もしくは他の人も活用できるように文言化、体系的に整えます。
概念化化とはいわば「教訓」のような形にすることです。そうはいっても、この「概念化」は研修でも一番の難関で、参加者がみんな悩むポイントでもあります。まずは、書き方にこだわらないことが大切です。概念化とは、本質的な要素を抽出することなので、本質が捕まえられていれば書き方にこだわる必要はありません。
また、他の人の概念化したものを参考に、自身の視点を加える形で整えてもいいです。体系的に整理された既存理論と、経験から気づいた自分の考えとを照らし合わせ、自分の状況に当てはめ、個別具体的に解釈し、発展させ、自分の新しい理論を構築します。 参考例を探しているうちに、新たな視点に気づくこともあります。
4.試行
「試行」ステップは、他にも「アクション」とか「行動」という置き換えをされている場合があります。原文は「Active Experimentation」で、訳としては「能動的実験」です。
「(抽象的)概念化」によって導き出した持論(マイセオリー)を、新しい場面で実際に試してみるステップです。 能動的という言葉が付いているように、自ら仮説を持って試行することが大切です。本格導入は、その結果を踏まえてということですね。
全てにあてはまる完全なセオリーでなくてもいいし、問題を完全解決しなくてはいけないというわけでもないのです。パナソニックの故 松下幸之助氏は、「持論が6割ぐらいいける」と思ったら決定していたそうです。
この能動的実験によって、次なる具体的経験が得られるため、また最初の「経験」へと戻ってサイクルを繰り返されます。
振り返りシートを使った経験学習の実践
研修では、ワークシートを使ってこの学習モデルを習得します。このシートを「振り返りシート」と呼びます。
振り返りシートは、経験学習モデルの4ステップで記入できるようになっています。 「経験:具体的経験の書き出す」⇒「省察:経験の振り返り」⇒「概念化:セオリー化する」⇒「試行:新しく試すことを決める」といった感じです。
各項目のポイントを下記に補足しておきます。
1.経験ステップ:具体的経験のを書き出す
POINT:経験した内容を具体的に書き出していく
いつどこでどのような経験をしたか?
自身の役割は何だったか?
その結果どういった結果を得たか?
2.省察:経験の振り返り
POINT:経験を多様な視点から振り返り、新しい発見や意味を見つけ出す
なにが印象に残ったか?
良いと思ったことは?
悪い(改善が必要だと)思ったことは?
経験を通して何を感じたか?どんな気持ちになったか?
それぞれの経験にはどのような意味があったか?
結果として分かったことは何か?
3.概念化:セオリー化する
POINT:学びや気づきをその他の場面でも応用可能なように自論化する
ポイントをまとめる
今回の中で最も重要な教訓は何か?
方程式化・定理化するとどうなるか?
マニュアル化するとどうなるか?
他の場面でも応用できるようにするにはどうしたらいいか?
4.試行:新しく試すことを決める
POINT:考え出した持論を活かし、次にどのような実験・検証を行うかを考えてみる
今回の活動を通して新たに得られた選択肢はあるか?
次回、より良い結果を出すにはどうしたら良いと思うか?
次はどんなことに挑戦するか?
その際に、どのような指標を重視するつもりか?
経験学習モデルの研修で行われる際は、ワークシートの記入の仕方を学び、「ステップ1:経験」や「ステップ2:省察」を書いてみて、それをもとに参加者同士でディスカッションします。
自身の経験を紹介したり、他の人からの省察を参考にしたりして、多様な視点を持つヒントを得るのが目的です。 また、一番難しいステップ3:概念化についても、「それで本当に解決できるのか?」「イレギュラーケースの時はどうするか?」など話し合います。 研修によっては、1か月くらい経って、日を改めて「ステップ4:試行」の結果を振り返る研修を行うのも良いでしょう。
また最近では、この「ステップ1:経験」や「ステップ2:省察」をケース映像を使って行うeラーニング型研修も好評です。研修ですと参加者のスケジュール調整に手間取り、コンスタントに行うことができません。eラーニングの映像を使って経験学習モデルのプロセスを学び、オンラインでワークシートを提出するスタイルが、経験学習のとっかかりには便利なのかもしれません。
最後に
「経験から学ぶ」と言うことは、私たちが人生の中でたくさん経験してきたはずです。しかしながら、その「学び方」について気にしてきた方は少ないのではないでしょうか?
実際職場では、「同じ失敗が繰り返される」「プロジェクトがいつもトラブルに見舞われる」「場当たり的な問題解決しかできない」と言った、経験から学んでいれば陥らないはずの問題が繰り返されているのではないでしょうか。
ビジネスの世界では、効率が重視されるため、上記のような問題が起こると上司は、「マニュアル化」「システム化」といった「誰でもできるように手順化する」という処置が取りがちです。しかしそれでは「誰かに教えてもらわないとできない」「誰かに指示されないと動かない」といった問題を引き起こします。
部下が自身で考えて対処し、自身の成長を実感することなく、仕事の手順を覚えるだけになってしまうのです。指導者として必要なのは、部下が自身の判断や仕事の成果について、自ら考え、自ら振り返る機会をいかに与えるかということです。それは「経験から学ぶ」という昔から行われていた学び方を疎かにしないことを含んでいます。
「経験から学ぶ」、この学び方ができる人は同じ失敗を繰り返しませんが、できない人は何度も同じ失敗を繰り返します。 周りにいる「仕事のできる人」を観察すれば、その人が仕事の中で「経験学習」を実行している振る舞いを見るはずです。その人は「同じ失敗を繰り返さない」「トラブルを予見でき回避する」「改善のアイディアを実行している」「失敗しても成功を諦めない」と言ったコンピテンシーが育っているはずです。
誰でも失敗はします。しかし、「転んでもただでは起きない」つまり「失敗から学びとる」ということを行うことで、自身の価値をアップさせてきたのです。
「経験学習モデル」はこうした学びのプロセスを覚えるためのフォーマットの1つなんですね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。